小学2年生のとき、学校の作文で「将来の夢」を書く機会があった。 クラスのみんなが「お花屋さん」「野球選手」と書く中、 私がノートに書いたのはたった一言。
それだけ。理由も、方法も、何もなかった。 ただ、なぜかそれが「当たり前のこと」のようにスルスルと書けた。
25年後、気づいたらその言葉通りの人生になっていた。 英語ゼロで飛び出し、カナダで暮らし、3人の子どもを育てている。
思考は現実化する——というのは、よく聞く言葉だけれど、 私にとってそれは理論じゃなく、8歳の自分が証明してくれた事実だ。
内定を蹴った。 せっかく就職が決まっていたのに、渡航のために辞退した。 手元にあったのは50万円。英語力はゼロに近かった。
周囲からは「無謀だ」「なんでわざわざ」と言われた。 でも私には「できるかどうか」より前に、「やりたい」があった。
海外に出てはじめて気づいた——言葉が話せなくても、 姿勢や表情、意志の強さで、人は動く。 コミュニケーションは、英語だけじゃない。
あのときの無謀さが、今の私のベースになっている。 「不安だけど、やってみる」という選択の積み重ねが、人生を作る。
結婚して数年が経ったある日、何かの決断を迷っていた私に、 当時の夫がこう言った。
その一言で、私はフリーズした。 「どうしたい」——その概念が、本当になかったのだ。
日本で育った私には、「周りに合わせる」「波風を立てない」という 思考パターンが深く染みついていた。 自分の意志より、期待に応えることが先にあった。
この一言が、コーチングへの扉を開いた。 「自分で選ぶ」ということを、大人になってから学んだ。 それは遅くない。むしろ、気づけたことがギフトだと思っている。
夫の家には、代々続く慣習があった。 長子は、親と同じ名前にする——というものだ。
国際結婚で様々な文化の違いを受け入れてきた私でも、 これだけはどうしても受け入れられなかった。
交渉した。説明した。ときには感情的になった。 それでも、自分の価値観を曲げなかった。
この経験で学んだのは——「譲れないもの」を知っていることの大切さ。 何でも合わせることが柔軟性じゃない。 自分の芯を持ちながら、対話できることが本当の強さだと思う。
長い海外生活の中で、私はずっと「外側の問題」と戦ってきた。 言葉の壁、文化の違い、育児と仕事の両立、人間関係——。
でもある日、ふと気づいた。 自分を一番縛っていたのは、状況でも周囲でもなく、 自分自身の思考パターンだったと。
「どうせ私なんて」「また失敗する」「もう遅い」—— そういう言葉を、誰よりも自分に言い続けていた。
考え方・捉え方が変わった瞬間から、同じ状況でも見え方が変わった。 人生が、動き出した。 コーチングを学び、資格を取ったのは、この体験があったから。